farewell

■10がつ14にち

今日もおかあさんがきてくれました。いろいろお話をしてたのしかったです。このあいだ教えてもらったツルの折りかたをいっぱい練習したので、おかあさんの前でもすぐ織ることができました。おかあさんが喜んでくれてうれしかった。今度はかぶと(七五三のときとかにかざるやつです)の織りかたをおそわったので、またいっぱい練習します。たのしい日だったのでずっと起きていたかったのだけど、もう寝なさいといわれたのでねます。あしたもまた来てくれたらいいのに。

■10がつ15にち

 あたまがいたくて、背中のほうもいたくて、ごはんも食べたくなかったけど、食べないとなおらないよっていわれてがんばって食べました。ちょっときもちわるい。

■10がつ16にち

 ひまです。わたしはひまになると、絵をかいたり、教えてもらったおりがみを織ったり、テレビを見ているのですが、それもあんまりおもしろくなくて、窓のそとをずっと見ていました。私のところからは、中庭がちょうど見えます。わたしとおなじ服を着たひとたちは、たぶんわたしと同じように、ここににゅういんしている人たちでしょう。あと、ときどきクルマが通ったり、ふつうのかっこうをした人が歩いていたりします。わたしはここから出ることができないので、そういう人たちを見ながら、あの人はなにをやってる人なんだろう、どんなしごとをしてるんだろう、とか、そんなことを勝手にかんがえてあそんでいます。いま新しいクルマが通りました。あのクルマにのってる人はどんな人なんだろう。
 わたしが今のわたしじゃなくて、もしもちがう人だったら、そのわたしはどういう人になったんだろう。もっとあかるくて、友達がいっぱいいて、がっこうに行ったり、しごとをしたり、好きな人ができたりしたのでしょうか。わかりません。だって、いまのわたしは、いまのわたしで、それ以外のわたしなんてどこにもいません。でも、もしいたら会ってみたいなぁ。
 そこでわたしはひらめいて、新しいあそびをかんがえました。
 おはなしを作るのです。

 わたしが主役になって、いろんなしごとをしたり、いろんなところへ行ったり、ぼうけんをしたりするおはなしです。パンやさんのわたし、ケーキやさんのわたし、先生になったわたし、いろんなわたしをかんがえて、それをおはなしにして書くのです。われながらすごいはつめいをしたと思いました。だって、これならベッドの上からでもどこへでも行けるし、誰にでもなれるから。
 さっそく、さいしょのおはなしにとりかかりました。

■10がつ20にち

 まいにち日記をかくのを、ちょっとさぼってしまいました。

 今日はおかあさんといっしょにおばあちゃんもきてくれました。おばあちゃんはたまにしか会わないけど、いつもやさしいです。おかあさんとおばあちゃんに、わたしが考えたあたらしいあそびのはなしをしました。そして、きねんすべき最初のおはなしをふたりによんできかせました。わたしがどこかの国のおひめさまになって、わるい国の王様をやっつけるおはなしです。おはなしがおわると、ふたりともとても喜んでくれたのでうれしかったです。でも、そのあと、おばあちゃんはわたしの手をにぎって、×××××ちゃんのびょうきをかわりにもらえるんならいくらでも代わってやるのに、といって泣いてしまいました。おかあさんもちょっと泣いてました。でもわたしは、しわくちゃの手にはなりたくないので代わってもらいたくないです。それに、おばあちゃんがしんじゃったら悲しいから。

■10がつ22にち

 きょうは先生がきただけで、だれもきませんでした。
 先生に、いつになったら出られるのかきいてみました。でも、いい子にしてればそのうち出られるよ、と言っただけで、ほかにはなにも言ってくれませんでした。
 おとうさんがまだ生きていたころ、おかあさんがおとうさんの身体を心配して、もっとああしてこうして気をつけてよ、と言ったとき、おとうさんは「うるさい、自分のことは自分がよくわかってるんだ」とよく怒っていました。でも、おとうさんの具合がわるくなって、いまのわたしと同じようにずっと寝たきりになってから、おかあさんはおとうさんを怒ったりしませんでした。おとうさんがいなくなってから、わたしはたくさん泣いたのですが、今度はわたしがこんなふうになって、それもおかあさんは怒りませんでした。おかあさんが怒ったり、かなしんだりすると、わたしもかなしいので、おかあさんが来たときは、いつもたくさんおしゃべりをして、おかあさんを喜ばせようと思います。

■10がつ25にち

 ちゅうしゃのはりがこわかった。

■10がつ26にち

 わたしの身体がふつうの人よりもよわいのは、なんとなくわかっています。自分のことは自分がよくわかってるのです。
 今日は身体もいたくて、おかあさんの前で泣いたり怒ったりしてしまいました。
 おかあさんが帰ったあとで、窓のそとを見ていたら、わたしとおんなじくらいのこどもが遊んでいました。ふだんはなんともおもわないのですが、とてもうらやましくなって、また泣いてしまいました。どうしてわたしの体は、はしったり動きまわったりできないのでしょうか。わたしだってみんなといっしょにあそんだり、いっしょに勉強をしたりしたかった。それは、ずっとかんがえないようにしてきたことでした。かんがえてはいけないことでした。だって、いくらかんがえても身体はうごかないし、また泣きたくなるだけだから。どんなにうらやましくたって、わたしは今のわたし以外にはなれないから。
 また、おはなしをいくつか書きました。こんどはがっこうに行くおはなしです。がっこうがイヤになって、がっこうを飛びだして、でもやっぱりみんなに会いたくなって、またがっこうに戻ってくるおはなしです。なかなかよくかけたと思います。はやくおかあさんにきいてもらいたい。

■11がつ1にち

 おかあさんと先生がはなしあって、わたしの手術をする日がきまったみたいです。おかあさんと先生からききました。おかあさんも先生もわらっていて「大丈夫だよ」と言っていました。わたしはいたいのはイヤなので、ほんとにいたくないのか何度もききました。先生は、×××××ちゃんが眠ってるあいだにぜんぶおわっちゃうから全然いたくないよ、と言っていました。
 夜になると電気が消えて、そしたらもうねないといけないのですが、今日はねむれませんでした。あたまのなかで、ずっと「手術」ということばがぐるぐるまわっていて、わたしがねるのをジャマしてくるのです。手術がおわったら、みんなといっしょにあそべるようになるのでしょうか。いっしょに勉強できるようになるのでしょうか。がっこうに行ったり、しごとをしたり、だれか好きな人ができたりするのでしょうか。

 わたしは、自分の身体がとてもわるいことはわかっています。先生もおかあさんもはっきり言わないけれど、自分のことなのでわかるのです。手術がおわっても、具合がわるいのはかわらないかも。もしかしたら、そのまましんでしまうかも。そう思うと、もっとたくさんたくさんおはなしをかきたくなりました。わたしの手がまだうごいているうちに、あたまがちゃんとものをかんがえてくれるうちに、わたしが好きだったものや、なりたかったものや、行きたかったところ、さわりたかったもの、はなしたかった人、そういうものをもっともっとかきたくなりました。
 じかんはもうあまりありません。
 おかあさん、ごめんなさい。わたしがよわいばっかりに、いつもおかあさんを悲しませてばっかりで、ほんとうにごめんなさい。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

■××がつ××にち

 しゅじゅつのひがきました。
 てが、もうあまりうごきません。
 からだにくだがついて、くちもふさがれていて、しゃべれません。

 わたしのかいたおはなしを、ひとつだけでも、よんでみてください。
 あなたは、まだ、どこへだっていけます。
 まだ、なににだってなれます。
 わたしのものがたりをよんで、たのしい、うれしい、かなしい、おもしろいきもちになったなら、あなたはそこへいって、わたしのかわりに、たしかめてほしいのです。

 オーロラのいろはほんとうはなにいろか。
 ラクダのせなかののりごごちはどうか。
 さばくのおうさまはちゃんとねむっているか。
 こどもたちがよるになにをみているか。

 あなたは、まだ、どこへだっていけます。
 まだ、なににだってなれます。
 そのてとあしで、たくさんのものを、みて、たしかめてください。
 わたしのものがたりが、ただしいのか、まちがっているのか、それをたしかめることができるのは、あなただけです。
 どうか、おねがいします。

 それでは。
 ほんとうはいわずにすむのがいちばんだけれど、いえないままきえてしまうのはさびしいので。

 さようなら。